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   <title>よくわかる幼児教育</title>
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   <subtitle>幼児教育について真剣に考えてみませんか？</subtitle>
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   <title>よい時期</title>
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      最近の“加熱お受験ムード”に流されると、近所の母親達の取り組みが気になってしかたなくなります。お稽古ごとでAさは子どもをどこどこにかよわせているとか、Bさんちの子どもはもう英語塾にかよっているといったぐあいで、我が子が幼いころから、教育問題で落ち着かない日々を送ることになります。しかし、親の気持ちが先走ったこうした教育は教育熱中症とでもいうべきもので、あるべき姿の幼児教育とはまったく別物です。
      では、なんとなく学齢に達するまで、なにもせずにほったらかしておけばよいのでしょうか。いやいやこうしたほったらかしも、教育の原点が家庭にあるという基礎基本に立てば、適切ではありません。我が子になにかを教育する『よい時期』は親の観察眼の中に判断基準があると考えるべきでしょう。

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   <title>我が子にとってのよい学習時期</title>
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   <published>2007-06-28T02:47:30Z</published>
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      これについては日本幼児基礎能力研究会の上里龍生氏が次ぎのように語っています。「例えば、自分（母親）の目の前にいる子どもを見て、この子には今、こういう教育をしなければならないと気づいたとします。ではいつからその教育を始めたらよいのでしょうか。明日にしましょうか、来年にしましょうか。」
      「もし、来年からやりましょうといえば、その教育は1年遅れることになります。来月からやりましょうといえば、一ヶ月遅れます。明日からやりましょうといえば一日遅れます。つまり、これらはすべて手遅れです。教育とは気づいたその日その時にやらなければなりません。」


これを上里氏は『より早い時期の教育』と呼んでいます。『早教育』とはまったく別物ですから、お母さん方はまちがえないようにしてください。

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   <title>よい訓練</title>
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   <published>2007-06-28T02:47:57Z</published>
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      どんな教育にも訓練はつきものです。とりわけ幼児達は人間の社会で行われていることをあれもこれもこれから学んでいくわけですから、親は我が子の訓練にかかわる心構えをしっかり持っておく必要があります。しかし、訓練というととかくムチを持って動物を調教するようなイメージで子ども達を叱咤するしごきになる危険性があります。
      論より証拠ですが、最近のニュースにたびたび登場してくる子どもの虐待の中には、子どもを自分の思うように調教しようとして歯止めがかからなくなった悲劇もしばしば含まれています。では子どもの潜在能力や努力、そしてやる気を引き出すよい訓練とはどのようなものなのかを考えてみましょう。

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   <title>より多くの訓練</title>
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   <published>2007-06-28T02:48:19Z</published>
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      逆上がりができるようにするとか、跳び箱が跳べるようにするとか、とかく親というものは子どもをがんばらせるものですが、何回やらせても指導が適切でなければできるようになりません。より多くの訓練もがむしゃらでは役立たたず、正しい指導を親がまず理解したうえで、子どもの訓練をサポートしなければなりません。では正しい訓練で一度できるようになりさえすればそれでおしまいなのでしょうか。いえいえそれはちがいます。
      教育とは一度できるきっかけをつかんだ後の『より多くの訓練』が大切なのです。つまり、同じことをより立派にできるようになるよう、より多くの訓練を重ねていくのです。お母さん方は子どもの最も身近にいる指導者ですから、ヒステリックにならずに、子ども達を正しく指導し、一つのことがより自由自在に、もっともっとみごとにできるよう励ましながら、子ども達の心が訓練を楽しみつつ、熱中できるようにしてやる役割を自覚すべきです。

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   <title>幼児も親も共に育ち合う</title>
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   <published>2007-06-28T03:30:32Z</published>
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      最近、初めて子どもを持った若い母親が育児ノイロゼーに陥った結果として起こる様々な悲しいニュースで心が暗くなることも多いのですが、新米ママであることは特別のことではありません。新米（新前－しんまえ－が音転した言葉）の意味は新しく仲間入りした者、つまり新参者（しんざんもの）と同じです。
      というわけで、新米ママは子育ての新参者ですから、経験豊かな母親の皆さんや友人にいろいろ聞きながら我が子を育てればよいのです。しかしなにしろ始めてのチャレンジですから、悪戦苦闘はまちがいありません。でもどんなことでも、はじめに悪戦苦闘をするからこそ色々なことを学び、キャリアを積むことができるのです。


ちなみに、はじめての子どもを育てる母親にとって一番大切なことは、より多くの相談相手を見つけて、子と母が励ましあいながら育ち合うということです。乳幼児の顔はとても愛くるしいですよね。神様はお母さんの励ましになるよう、乳幼児をかわいらしく感じる生き物として、この世に送ってくれているのです。なお、育ちあいの基本はスキンシップですから、スキンシップのいろいろなあり方やその展開を以下で紹介します。

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   <title>ちょちちょちあわわ</title>
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   <published>2007-06-28T03:31:21Z</published>
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      子どもと親の心を開くワークショップのなかで、福島　康氏がよく行う遊びに『ちょちちょちあわわ』という手遊びがあります。　この遊びは子どもの後ろから抱きかかえる姿勢で座り、母親の両手で幼児の両手をつかみ動作を誘導しながら行います。手順は以下のとおりです。
        ちょちちょち→両手を広げてゆっくり拍手
　あわわ→開いた右手で口を軽くたたく
　かいぐりかいぐり→左右の手首の周りを回るように左右の腕を同時に回す。
　とっとのめ→両目じりを両手の指先で下に下げる（あっかんべの動作）
　おつむてんてん→開いた片手で頭を軽くたたく
　ひじぽんぽ→左右の手の平で反対側の腕のひじをさわる。


この遊びは日本の伝統的な遊びで、子どもはこの遊びをつうじて、身体のさまざまな部分の名前と位置を覚えます。このように、母と子の伝承遊びのなかには、スキンシップと子ども自身の学習をうながす面白いものがたくさんありますから、家族のおじいさんやおばあさんからも教わってください。

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   <title>公園デビュー</title>
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   <published>2007-06-28T03:35:22Z</published>
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      社会に適応できない子ども達が増えてきたころから、若い母親達の間にもこうした傾向が広まり、自分がはじめて生んだ子どもをだっこして公園で遊ばせるおり、幼児を連れて遊びに来ている見知らぬ母親達の間に、自然に溶け込めるかどうかが大きな関心となりました。
      また、受け入れる側にもいじめの発想がわきあがって、ぎくしゃくする例も多いと聞きます。ですから、はじめて公園遊びの仲間入りをするのに洋服を気にしたり、前の日から眠れなかったりと、一昔前まではありえなかったし、考えられなかったような公園おめみえパニックが若い母親を襲うといいます。おそらくこれも教育の貧困でしょう。


また、サル山のボスざるではないのですから、公園という公共の場を“しきる”などと考える輩は社会が共に生きる場であることをすっかり忘れた大人としての自覚のない人間達にちがいありません。ですから、地域のよき先輩達が公園の開かれた利用の模範を示し、コミュニケーションの輪を広げるべきでしょう。

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   <title>スプーンからお箸、鉛筆の正しい持ち方まで</title>
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   <published>2007-06-28T03:35:43Z</published>
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      最近大人になっても、妙な箸のもち方や鉛筆の持ち方をしている人々を多くみかけます。どんな持ち方をしようと“ぼくのかって”、“わたしのかってでしょう”というかもしれませんが、道具を効率よく使うという視点に立つとやはり、道具が一番その機能を発揮できるもち方というものがあるのですから、妙な癖がつく前に、母親は正しいもち方を教えるべきです。また、母親が正しいもち方をしていなければ、もち方を子どもに指導することもできません。
      乳児から幼児へと発達する過程で、スプーンをにぎるようになります。段階としては①食事をしながらの遊びとして、スプーンの柄に上から手の平をかぶせてにぎる。②腕やひじを使ったスプーン使いをしているうちに、次第に手首の回転を使って食べられるようになる。③手首をより自在に動かしながら三本の指（親指・人差し指・中指）を使ったスプーン操作が熟練してきて、やがてスプーンを上からつかむのではなく、下から支えて持つようになり、スプーンの適正なもち方に近づいてゆきます。この①段階から③段階までは離乳期から2歳半くらいまでといわれています。


　スプーンの適正なにぎり方はお箸や、鉛筆の適正なにぎり方への入り口ともなりますから、お母さん方自身も自分の箸使いや鉛筆のもち方を見直して、子どもを指導するようにするとよいでしょう。お箸や鉛筆の持ち方についての図解はさまざまなメディアに紹介されていますから割愛しますが、鉛筆の正しいにぎり方は学習の姿勢を正しく保ち、筆記の疲労を少なくし、授業に集中できるなど、あなどれない効果があります。

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   <title>ルソー（1712-1778）</title>
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   <published>2007-06-28T03:36:05Z</published>
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      ジャン・ジャック・ルソー（Jean Jacques Rousseau）はフランスの思想家です。プロテスタントの貧しい時計職人の子どもとしてジュネーブに生まれ、生後すぐに母親を失い、10歳の時には父が家出したため、少年時代はイタリアやフランスを放浪して歩きました。学問をなにも身につけていませんでしたが、1731年から貴婦人の保護を受け、哲学・文学・自然科学の研究をするなかで、影響力のある思想家になっていきます。ルソーの著作はいろいろありますが、教育に関するものでは『エミール』が有名です。
      『エミール』という書物は教育思想とともに教養小説の体裁をもった読み物で、家庭教師の指導のもとで、孤児エミールが成長して結婚するまでを描いています。『造物主の手を離れるとき、すべてが善で、人間の手に渡ると、すべてが悪になると』という言葉は有名です。その子育て論の骨格は、社会や家族や習慣や偏見の悪影響から子どもを守って、人間に本来備わっている自然の芽をできるだけ自由自在に大きく伸ばしてやるとというもので、書籍を通じての学問ではなく、経験や自然とのふれあいを介しての教育を強調しました。


ルソーはほうらつな女性と結婚し、5人の子どもをもうけます。しかし、すべて養育院へ送ってしまうなど、とても教育的な人ではないのですが、エミールはそうした自分の生き方への反省も込めて書かれました。そして、エミールで描かれた内容は当時の貴族達のスコラ的な書物偏重の形式的教育と鋭く対立したので、国外にのがれたりしました。

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   <title>フレーベル(1782-1852)</title>
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   <published>2007-06-28T03:36:52Z</published>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.topazu.com/">
      フリードリッヒ・フレーベル（Friedrich Frobel）はドイツ・チューリンゲンの山村で牧師をしていた父の子として生まれました。しかし生後９ヵ月で母親が死に、幼い日々の孤独な生活が続きますが、4歳の折に父が再婚し、新たに子どもが生まれたことで、父からも継母からもうとまれるようになり、10歳の時、母方の伯父の家に引き取られてから、学問の道を切り開いていきます。
      フレーベルはフランスの思想家ルソーの教育思想を実践的に発展させました。彼は幼い頃から自然と密にふれあい、キリスト教の信仰にもめざめていたので、教育論にもその影響は色濃く現れています。フレーベルが本格的に教育に取り組むようになったのは、ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチという人が行っていた少年達への初等教育に刺激を受けてからのことです。フレーベルはペスタロッチの初等教育のやり方をさらに幼い子ども達の教育に当てはめ、幼児の心の中にある神への信仰や自然への崇拝、そして謙虚な生き方を伸ばしたいと願い、世界ではじめて幼稚園を創りました。

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   <title>シュタイナー（1861-1925）</title>
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   <published>2007-06-28T03:37:12Z</published>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.topazu.com/">
      シュタイナー（Rudolf Steiner）はオーストリア帝国（現在のクロアチア）で、鉄道員の息子として生まれました。各地を転居しながら育ちますが、7歳になったころに、霊的な世界を感ずるようになったといいますから、幼いころから鬼才ぶりを発揮していたようです。生涯を哲学者として生きましたが、その研究領域は幅ひろく、哲学・文学・教育･芸術・医学・建築・農業・宗教等々におよびました。学者としての生活から神秘主義者としての活動に移ってからのシュタイナーは結社神智学協会に所属してから、同結社とやがて決別し、“アントロポゾフィー（人智学）”という独自の世界観をヨーロッパ各地に広める一生を送りました。
      日本ではシュタイナー教育という学校経営および教育で話題を呼んでいます。ちなみに、 シュタイナー教育によれば、最近ありがちな早教育による知識偏重や、子どもにやたらと早期の自立をうながしたり、動物の学習行動などをあまりにも単純に人間にあてはめるプログラム学習導入の傾向などは反省の対象となります。


シュタイナーにとって子どもの教育を考え、子どもの自由を確保するということは、子ども自身が自らを自覚して、心底のやりたい意欲から行動を起こすことができるように、大人達が指導の自覚と環境を整えることです。ですから日本の教育の現状は、シュタイナー教育では問題だらけということになります。なお、シュタイナーの提唱する“学ぶ環境”に注目して、日本では校舎の建築にあたる業者や建築学の学者達もシュタイナー理論に関心を示しています。

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   <title>モンテッソーリ（1870－1952）</title>
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   <published>2007-06-28T03:37:43Z</published>
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      マリア・モンテッソリー（Maria Montessori）はイタリアのローマ近郊で、軍人で保守的な思想の父と進歩的な考えをもった母との間に生まれました。成長の後、彼女は両親の望みであった教職にはつかず、ローマ大学の医学を専攻しました。その当時、女性が死体の解剖に取り組むなどということはこころよく受け入れられませんでしたが、努力の結果、イタリアではじめてとなる女性医学博士の学位を取得しました。そして、病院勤務を通じて、精神障害者と接するようになり、こうした病の子ども達のための教育に専念するようになります。１９００年にはローマ大学に再入学し、心理学や教育学の研究を進め、教育学ではペスタロッチやフレーベルについて学びました。
      １９０６年にモンテッソリーは協同住宅に設置された幼児施設の管理を依頼され、共同住宅に住む幼児計60人あまりを一室に集めて一人の教師が指導する学校プロジェクトを開始しました。そしてこの学校は『子どもの家』と名づけられました。この子どもの家での時間割や規則、教具等は幼児の教育や能力開発に大きな成果をおさめ、精神障害の子ども達の潜在能力を引き出す新たな教育手法としても世界中に広まってゆきました。

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   <title>アルウィン（1883－1957）</title>
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   <published>2007-06-28T03:38:30Z</published>
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      ソフィア・アラベラ・アルウィン（Sophia Arabella Irwin）は明治時代にハワイ公使ロベルトを父に、そして日本人の、母・武智イキの長女として日本で生まれました。幼いころから別荘のあった伊香保を訪れ、成長するにつれて地元の子ども達とふれあうようになりました。やがて子ども達の面倒をみるようになり、別荘を開放して日曜学校とし運営する教育事業に乗り出しました。そして、アメリカやヨーロッパに留学してフレーベル教育やモンテッソリー教育の研究を積み、日本における幼児教育の拠点アルウィン学園を創設しました。
      ベラ先生という呼称で親しまれたソフィア・アラベラ・アルウィンは『最良の教育は最良の教師にあり』という考えのもと、幼児教育の基本をキリスト教的人間愛に置いて、あたたかい目と心をもった保育者の育成を行うため、私財を投じ、玉成保姆養成所と幼稚園を設立しました。国籍はアメリカ人でしたが、一生を日本の保育者養成と幼児教育に注いだ功績は今日なお高く評価されています。まさに彼女は日本の幼児教育における先駆者で、日本人以上に日本を愛した人でもありました。

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   <title>あとがき</title>
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   <summary>幼児教育についてのアドバイスは多くの場合、どちらかというと幼児や児童の心理学とい...</summary>
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      幼児教育についてのアドバイスは多くの場合、どちらかというと幼児や児童の心理学という視点から行われることが一般的かと思いますが、本サイトの『よくわかる幼児教育』では、我々人間の社会生活という観点からの記述を中心にしました。それは母親の皆さんが日常的に生活している暮らしの場で発見していることや、見過ごしていることを育児に関する“気づき”のチャンスにしていただきたいと考えるからです。
      人は気づくことで、『気づいたこと』が『課題』となります。そして課題とは『解決すべきことがら』ですから、そんな折節にお母さん方の役に立つ課題解決のヒントを提供したいとの思いが、このサイトに集積されています。


なお、本サイトの記述のなかで筆者が氏名を記述した教育者の方々は素晴らしい幼児教育の指導者ばかりで、本サイトの論旨もそうした方々のご意見を集約したものといえます。ここに改めて感謝申し上げますとともに、こうした教育の専門家の方々のアドバイスがお母様方の子育てに活かされますことを心より願っております。なお、本サイトの記述についての文責はすべて筆者（川村史記）にあることを明記しておきます。

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   <title>執筆者について</title>
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   <published>2007-06-29T03:50:48Z</published>
   <updated>2007-06-28T06:25:23Z</updated>
   
   <summary> 　　 川村　史記　（アウル出版企画代表） -出版物-- (実教出版 1995/...</summary>
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川村　史記　（アウル出版企画代表）



-出版物--

(実教出版 1995/07) 
アメリカ マルチメディア教育事情 
-マルチメディアによる対話型教育とサイバースクール-


( 早友グループ出版部 2004/02) 
子どもと親と先生のための表現能力育成法
-幼年期からの学習と訓練が本当の大人をつくりあげる-


      
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