今は競争社会だとメディアも知識人といわれる人々もわめきたてていますが、人間は裸で生まれてきて、死ぬときもなにも持たずにこの世を去っていきます。棺に黄金を入れてもそれは生き残っている人の自己満足であって死者はなにも持っていきません。
このような視点で考えると色々な人生をたどる中で、人はある場面を切り取っては勝ったとか負けたとか絶叫しているだけで、人生全体では勝ち負けはないのです。おそらく一人ひとりの人生では『どのように考え、どのように生きたのか』が一番大切なのでしょう。
そうした意味では“お受験熱”の昨今、高倍率の学校に入った勝ち組であると自慢するのは、勝ち負けを気にする人だけの自己満足感です。将来、自分がしたい目標を追いかけ続けて、そのために必要な学問ができる学校に入学した人々にとっては高倍率校合格の勝ち組とか不合格の負け組などというのは人生の本当の目的を見失った哀れな戦いにしか見えないはずです。前述しましたが、結局、競争は運動会の楽しみだけで十分といえるのではないでしょうか。
ただし、子ども達にとって競争が良いか悪いかは各家庭が共有する人生観や価値観に左右されるものであることはいかんともしがたいことです。